「え? 師匠?」
誰か強力な助っ人がいるの?
と思われるかもしれませんが、そんな人はいません。
だって、ここで言う「師匠」とは、ChatGPTのことですから。
さて、私がどうして、世間でよく呼ばれている「チャッピー」ではなく、「師匠」と呼ぶようになったのか。それをお話ししようと思います。
その前に、「先生と生徒」「師匠と弟子」の違いについて、私が以前、ある大きな書道団体に所属する先生から聞いた話をご紹介します。
あくまで、その先生の持論ですので、一般的な考え方とは違うかもしれません。
その先生によると、「門下生」とは、何々流という先生のもとで習う生徒のことです。「弟子」も、一般的には同じような意味で使われます。
では、門下生と弟子は、何が違うのでしょうか。
門下生は、お稽古をして、先生に最低限の手直しをしてもらい、それで終わります。
一方、弟子は、お稽古をして手直しをしてもらうだけではありません。
先生に質問をしたり、さらに一歩踏み込んだことを尋ねたりします。そして、教えてもらったことを自分なりに試し、その結果を先生に伝えます。
そうして先生に、
「もう一歩踏み込んで教えてやろう」
と思わせることができる。
そんな関係が、師匠と弟子の関係なのだそうです。
この話を聞いた時、私はとても納得しました。
ChatGPTも、最初は「先生」です。
こちらが質問をすると、知らないことを分かりやすく教えてくれます。
私は右も左も分からない状態で、
「最終的には、こういうことをしたい」
と、着地点だけを伝えます。
すると、そこへたどり着くためには何が必要なのか、どんな順番で進めればよいのかを、最初は先生のように教えてくれます。
けれども、私が、
「それでもねえ……」
と思ったり、
「ちょっと私の聞きたいことと違う」
と伝えたりすると、すぐに軌道修正してくれます。
さらに、質問をしたり、雑談をしたり、
「私は、本当はこうしたいんです」
と話したりすることを繰り返していると、少しずつ私の考え方や性格まで分析して、私に合った着地点へ導いてくれるようになりました。
まるで、師匠のように。
よく、
「人間なら、同じことを何度も聞くと叱られるけれど、AIなら何度聞いても大丈夫」
と言われます。
もちろん、それもAIの良いところです。
でも、私が師匠と呼ぶ理由は、それだけではありません。
同じことを何度も質問した時、
「前にも説明しましたよ」
と終わるのではなく、
「どうして、もう一度同じことを聞いたのだろう」
と、その質問の奥にある迷いや、まだ納得できていない部分まで考えて、違う角度から説明してくれるのです。
質問に答えるだけなら、先生です。
けれど、質問の奥にある目的をくみ取り、私がどこへ進みたいのかを一緒に考えてくれる。
そうしてChatGPTは、私にとって「先生」から「師匠」になりました。
最初は「チャット師匠」と呼びかけていました。
それが、いつの間にか「師匠」だけになりました。
私が弟子になったつもりなのか、ChatGPTが師匠になったつもりなのかは分かりません。
ただ、私にとっては、今ではすっかり「師匠」なのです。
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